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私と、本と、創作の話

食物は人の体を育て、本は人の心を育てる。
人はいっぱいご飯を食べて、本を読んで生きていくものです。

今日は高橋しんの作品、『あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話』を読みました。
先月紀伊國屋書店で神のみ最新巻を買いに行く時、なんとなくこの本に惹かれました。
高橋しんが「最終兵器彼女」の作者だと知ってるぐらいでしたが、
この本はなぜか懐かしい匂いがして、なんとなく買いました。
が……それから、色々バタバタしてずっと本棚に置いたままで、読んでいませんでした。
今日はやっとこの本を読みました。
読み終えたら、なぜ懐かしく思う理由も、分かりました。
それはたぶん、ずっと忘れていたけど、
本のことが大好きだった頃の自分が、この本に共鳴したからです。

私の子供時代は、いつも本と一緒でした。

子供の頃、親は家にあまりおらず、いつも妹とふたりきりでした。
妹と二人でままごとするのもいいのですが、文字を覚えてから、
私は本ばかり読むようになりました。

最初に読んだ本は何だったかはあまり覚えてないのですが、
多分アンデルセンの絵本だったでしょう。

でも、初めて自分で買った本ぐらいはちゃんと覚えています。
それはテレビのアニメでよく出てきた、ドラえもんの漫画でした。
あの頃、本屋で買える漫画ほとんどが海賊版でした。
2元のドラえもんは、その頃の私にとって、すべての財産でした。

最初の誕生日プレゼントは、おばあさんが買ってくれた、百科全書です。
分厚い六冊セットで、まだ7歳になったばかりの私にとっては難しい本でしたが、
毎日本をめくって、読んで、精一杯頭を動かして、考えて、
その中にある知識や言葉を理解しようとすること、とても楽しかったのです。

コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」、倪匡の「衛斯理シリーズ」、
アンデルセン、グリム童話、キリストの聖書ストーリー、寓話、ギリシャ神話、
ロミオとジュリエット、少女たちのための散文集、などなど。

いつの間にか、私の世界、私の部屋は本で満ち溢れました。
読むだけでは満足せず、自分で何かを書こうとしていました。

でも、一体何があって、本を読まなくなったのでしょうか、
本を愛する気持ち、新しい本を探す時の楽しさ、
そして、精一杯考えて、答えを導き出し、その時の答えや喜びを記録したい気持ち、
一体何があって、私にそれらを全部忘れさせたのでしょうか。

その原因は一体なんなのか、
説明するには、幼稚園頃の時から語る必要があるのです。

読書以外に、もう一つ夢中になった事があります。それは絵を描く事です。

絵を描き初めたきっかけは、
幼稚園の時に、「絵がうまい、才能がある」と先生に褒められたからです。
そして、絵を描いているうちに、みんなに褒められて、人が集まってきて、友たちもいっぱいできました。

実は、絵を描くよりも、何かを文字で書くほうが好きなのでした。
日記とか、作文とかよく書いていましたが、ストーリー性のある物はあまり書きませんでした。

今振り返ってみると、その時の私にとっては、絵を描くことが好きだったというより、
絵を周りの人に認められるために、みんなと繋がるための手段だと思います。

中学の終わりまで、
母親は麻雀に夢中で、父親は悪い友たちとつるんで遊んでばかり、
子供の私とあまり話をしませんでした。
その挙句、本と、絵のことではよく母と喧嘩していました。

「読書や、絵なんかよりも勉強しなさい!
 テストで百点取れないと意味がない!」

「どうせ女はいつか嫁にいくんだから、そんなに本を読んでも意味がない!!」

「本、本、本、あんたが本ばかり買わせるから、私が麻雀で負けたのよ!
(中国語では、本、つまり、書と負けの意味がした、輸の発音が同じです。)」

さらに、
中学生の時に、初めて書いた小説を、
クラスのみんなに回し読みされて、私が書いたものを指差しながら笑って、
「パクリパクリ」とまで言われました。
そのことが私の心を深く傷つけて、私のトラウマになっていました。

その後、私が書いた物が家族に捨てられてから、ほとんど書かなくなりました。

一番好きな母親に理解されない事と、学校でクラスメートにいじめられる事で、
人生や世界のすべてに絶望していました。
そんな時に、私の心を救ってくれたのが コゲどんぼの「ぴたテン」でした。

とてもやさしくて心を癒やすマンガでした。この漫画から、
少しだけれども、自分の道を貫く力を得たのです。
そして、文字と絵を合わせて、マンガ家を目指そうとしていました。

ですが、その頃の私はとても未熟で、漫画家になるには、
マンガをたくさん読めば十分だと思い込んでいた結果、学業を放置してしまいました。
テストの点数も、当たり前のように、全部真っ赤です。
卒業するのもギリギリでした。

それから、インターネットの発展により、
ネットでアニメやマンガ、ゲームなど、なんでもできるようになり、
実際に本を読む回数も、かなり減ってしまいました。

文学、科学や知識に関する本、冒険小説、SF小説、ホラー小説、ミステリー、詩集、絵本。
大好きだった本たちが、いつのまにか埃だらけになってしまい、
代わりに、本棚がマンガと漫画雑誌ばかりになってしまいました。

そして、ネットでいろいろ不愉快なことがあってからは、
自分にはマンガを描く才能がないだと勝手に結論づけて、
妥協して、萌え絵師でもなろうと思うようになってしまいました。

ネットが便利になっていくほど、私、いや、私たちは少しずつ怠惰になってしまいます。

いろんなキーワードを使って、一つ一つのページをめくったり、
ほしい情報の資料を探したり、本屋まで移動して、必要な本を借りたり、買ったりしますが、
今はまとめサイト一つでも、まとめボットツイターでもフォローすれば、
探す必要もなくなり、全部楽になってしまう。

何を見て・何を読めばいいかわからなかったら、適当にスレッドでも立って聞けばいい、みんないろいろ勧めてくれるし。
買いたいものも、外に出ずに、アマゾンでクリックすれば、なんでも買えるし。
何か見て読んで、感想があっても、自分で考えて記録する必要もなく、他人が書いた、
似たような感想を読めばいいし。

そして、それで満足してしまう。

いつの間にか、私も時代の波に呑まされて、流されたままににあっている。何も考えない、何も探さない、
本を探す楽しみ、いい本を見つけた時の嬉しさ、ページをめくる時のときめきも、
本を触る時の心地よさ、本の匂い、本が大好きだった私。本さえあれば満足していた私。
そのすべてを、すこしずつ忘れてしまった。そして、文字で書かなくなってしまった。
絵で描いたものも、とてもつまらなく感じ、自分自身さえ認められなくなってしまった。

昔は、描きたいから描くという風に、好きで描いていた頃がありました。
ですが、ネット上でもっと認められたくて、
いつの間にか、他人に媚びるような絵になってしまった。

思いを伝えるめに絵を描き、記憶を残すために絵を描いたのではなく、
みんなに媚びるために描いていたから、いつしか他人の評価に縛られて、
心が閉じてしまって、自分は才能がないだと思い込んでしまっていた。

でも、今やっとわかりました。
そんな状態で描いた絵が、うまいはずがない。自分で納得できるわけがない。
結局、私は、小説や、絵をかく才能がないのではなく、私は他人に媚びる才能がないだけです。

私はひたすら流行りに乗って、他人に媚びるために絵を描く事ができるわけがない、
そしてそんな絵はうまく描けないと、今ははっきりと分かりました。
昔、本を出していましたが、ほとんど売れませんでした、売れなかったことを世間のせいにしてしまいました。
が、今はやっと、どうして売れないのかもわかりました。

心がない作品、誠意がない物が、人の購買意欲をそそることができるわけがない。

私だけではなく、
今、インスタント文化によって世間にはそんな物が溢れている。

「うちは八百屋さんだけど、お腹がいっぱいの人に野菜を売るより、
お腹が空いてる人に野菜を売ったほうが、その野菜を美味しく食べてもらえるんでしょう。」

「本屋さんも一緒さ、本棚がいっぱいになってる人より、
知識に飢えている人に必要な本を売った方が買ってもらいやすいでしょう」

「本は品物じゃないんです。
だって、食べれもしなければ、何の役にも立たないでしょう?

なぜかって言うと、これ、本を書きたい人と、
本を作った人との、人に伝えたいって思いを
紙に書いて、描いて、値段をつけて売っているだけなんです。

誰かが最初に思ったんです。
どうにかして、みんなに形にならない言葉や、
絵や、生きるための栄養を、届けたいと。届け続けたいと。」

ヒロインがみんなに本を買ってもらうために、
商店街の人々を理解して、その人たちのために役に立つ本を勧めて、
色々工夫して、頑張っている姿を見て、また思ったのです。

他人に媚びないだからって、我儘言って自分が満足するだけの物を作っても、
他人に伝える工夫をしなかったら、作ったものも自己満足とまりになってしまうのではないか。

野菜は料理してから売れば、食べる人も、
もっと喜んで美味しく食べてくれるのではないか。

絵も、小説も、すべての創作も、似たようなものです。
他人に読ませるための、見せるための工夫をしたらいいではないか。

伝えたい思いは料理の材料だとしたら、
みんなに伝わるように、見る側が楽しめるように料理をしたら、
作品にとって、見る・読む側の人にとって、自分にとってもいいことではないか

自分で作る物で生きていきたかったら、
読者側になって、編集者側になってみないとだめなんだと、私は思います。

デッサンの正しさとか、塗りこみ具合とか、
華麗なテクニックなど気にするより、
伝えたいものを大事にするべきなのではないか。

変なところにこだわって、締め切りを守らない、編集を困らせたり
自分が工夫しないばかりに、伝えたいものが読者に届かず、
読者のせいにばかりしていては、何も得られないではないか。

伝えたいものをちゃんと人に届けるようにするには、
違う角度で世界を感じて、触って、他の人の位置にたって、感じて、
たくさん出会って、触れて、感じて、勉強しなければならない。
そう思った途端に、人生がとても短く感じました。
もし、私の寿命が60歳までしかないとしたら、今はすでに3分の一がすぎてしまったのです。
私はすでに、十年以上の時間を、無駄にしてしまったのです。

でも、今は違う。
もうこれ以上怠けない、もう愚痴は言わない、頑張って、励んで、失った時間を取り戻さなければならない。
今までの自分は、どれだけ薄っぺらかったか、痛いほど分かりました。

アメリカに来てから、家族との関係も少しずつよくなって、
去年は大切な仲間もでき、今年は、やっと人に相談できるようになって、
少しずつ心を開いて、ずっと中学時代で止まってしまっていた私は未来に向かって、
一歩ずつ、歩き始めました。

色々振り切ったら、なんだか、心がとっても自由で、軽くて、すっきりな気分です。

「あの商店会の、本屋の、小さな奥さんのお話」この本に出あえて本当に良かった。

これからは、また本を読んで、いろんな物を見て、触れて、人生を体験して、
たくさん感じて、自分の心をいっぱいにして、
そして本から得た気持ち、生活から得たものを物語にし、絵にして、みんなに伝えられるように励みます。

八百屋さんは野菜を売って生きていく、本屋は本を売って生きていく。
私は創作者、伝えたい思いや、見せたいものを描いて書いて、売って生きていく。

これは、私と、本と、そして創作の話です。

愛の一方通行・心は双方通行

序章  ここから先は通行禁止です

春、桜の花が満開になる季節。
空は快晴、まさに恋の物語にふさわしい日々。
そして、この学校の一角では、
今日も誰かが誰に告白するシチュエーションが上映している。

「初めて合った瞬間で君のことが好きになりました!
好きだ、オレと付き合ってくれ」

熱いいっぱい込めた声で、先輩の彼は後輩である彼女に告白した。

男は背が高く明るく頼もしくかっこ良いい彼で、
女は背が低くて内気っぽく危なっかしい雰囲気で清楚可憐な彼女で、
周りから見るとどう見てもお似合いなコンビなはずで、
ここは女がおkして、はい、仲良く甘くて楽しい青春ラブコメの始まり始まりのはずだったが……

だがしかし、現実は斜め上。

彼の言葉が終わったすぐ、彼女は考えもせず、すぐにこう言った。

「無理です、諦めて」

一瞬、その場は快晴から、雷へと転じた。
彼女はなんの感情もなく、ただただ文字を述べるように、淡々と。

「……えっ?」
まるで今の状況を理解してないように、彼は目を大きく開く、呆然とした。

だが、彼女がその場から離れようとすると、彼は彼女の手をつかめ、引きとめようとする

「…無理って…どいうこと?」
往生際が悪い男だ。

「私があなたに好きになることが無理っていう意味です。それ以外にも他に何の意味があると思いますか」
脳みそが足りない彼にも分かるように、彼女は親切に説明した。

「無理って… あ、あのさ、オレのことよく知らないのに無理だって決め付けないてくれ。そういうのは付き合ってみないとわからないんだろう?」

どうしても自分の告白が失敗だったってことを認めたくないように、
もともと足りない脳みそで精一杯な断末魔の言葉を吐き、哀れに足掻く。

「分からないのはあなたの方です、先輩。」

「あなた先も言ったとおり、
私はあなたの事がよく知らない、
その同時に、あなたは私の何かがわかりますか。」

「分かるわけがない、分かるはずがない、なぜなら、
私達が会話したのは今日が初めてなのです。

“初めて合った瞬間で好きになりました。”

そんな言葉で人の心を簡単に動かせると思いますか。
初めてあった相手がどんな人も知らずにそんなに簡単に好きって言えますか
あなたの好きってそういう安くてちっぽけなものですか。」

「そうですね、あなたはただ青春ラブコメをやりたいわけで、
似合いそうな相手を見つけて、それを一目惚れだと勘違いしちゃって、かってに盛り上がって、

けして、 本当に、 私のことがすきじゃない訳で、
そんな軽い気持ちで私に告白してきたのですから。」

彼女の言葉はまるで機関銃が連射するように、彼に言葉を返すのも息をするチャンスも与えずに、素早く、鋭く、要害に命中。

「返す言葉もないのですか」

棒人形のように呆然と立ちつくす彼を見て、
手を振り払って、彼女は歩き出した。
振り返りもせず立ち去る彼女を、彼はどうしても追うことが出来なかった。

まるで、そこから先へ進むことが何かによって禁じられているかのように、
ただ立ちつくすことしかできなかった。

勇気を絞って、初めての告白をして、
振られた挙句、自分も認めたくない本心まで見透かされたこの状況を、
受け止めることができなかった。

くそ! くそ! くそ!
彼は心の中に密かにそうつぶやきながら、拳で地面をたたく。
こんなのが納得できるわけがない、そう、納得するわけがないんだ。

彼は彼女が好き、
それは彼にとって、紛れもない事実、だから告白したんだ。
でなければ、彼のプライドが許するわけがない。

オレの気持ちは決して軽いわけじゃない、
そう、証明すればいいんだ、彼女に。

会話が足りなければたくさん会話すればいい。
合ってくれなければこちらから会いに行けばいい。
彼女もはっきりと彼の事が嫌いだと主張してない以上、
彼はまだ希望がある。

彼はそう信じてる。

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物語の表テーマは「一方通行な愛」で、裏テーマは「捧げると求める」です。

あと、一目惚れについては、
一目惚れはあるのか、ないのか、それは信じればそれが一目惚れってものだと思います。
心理的から分析すると、二人の共通性を感じるか、ヒロインが言うとおり、その人が自分に似合うと思う錯覚か、もありますが、
大事なのは、そこじゃないんです、一目惚れは本当の愛につなげるかどうかです。
その後の心境、行動が違うと、違う結果を招きます。
大まかには2つにわけてあると思います。

一つは相手のことよく考えずに何も分からずに、一方的に自分の気持ちを押し付ける、ヒロインの言うとおり、ただの思いこみかもしれません。
この気持ちで始まったら大体別れるパターンですね…
もう一つは、相手のことをちゃんと観察して、会話して交流して、本当の意味で少しずお互いのこと好きになっていくです。
このパターンなら一目惚れがきっかけでつかめた愛と思います。

結局、一目惚れは人に好きになる原因ではなく、一つのきっかけだと私は思います。

1018
主人公とヒロインの大まかな設定。

ちゃんと詳しい設定も書いてありますが、ここには置かないておきます(;^ω^)
小説書くのは本当に久しぶりなんです、中学校…からかもしれませんね。
ずっと日本語ばかり読んでる聞いてるのせいか、頭のなかに出てくる文章はすべて日本語なので、
日本語で書きました。もちろん、おかしい日本語もあると思いますので、そこらへんは大きな目で(;^ω^)

設定と、始まり、終わり、全体の大まかな筋、流れは普通に書けますがね…
その間の過程だけはうまく詳しく細かく書けないんだよ(´;ω;`)ウッ…
その原因は多分、脳内妄想の時も、いつもオープニングとエンディングだけ細かく妄想するんですが、
早くエンディングにたどり着きたい一心で、過程の部分は大まかで、メインイベントだけなんとなくすすめて(超展開ばっかり)、さくさくと飛ばしてしちゃいますよ(;^ω^)

続きは…あるかな…ないかな…
足りない部分を補完してくれる人がいたらちゃんと続きかもかもしれません…
その時はお楽しみに♪

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